郷土史家になってはいけない

「見極めを付けること」

昨日は久しぶりに故郷へ帰り、
さらに超久しぶりに会津北部=耶麻郡を歩き、
ちょっとセンチメントが増幅したようでした。
で、 よく考えてみると地名などは似たようなものがいっぱいあるし、
必ずしも歴史的事実を正確に表現するとは考えられない。

各地に旅行すると、
必ずと言っていいほど郷土史家という人々がおり、
様々な説を論じているわけですが、
どこか牧歌的なお国自慢の雰囲気が感じられる。
九州王朝説はそれらとは異なり、
大和朝廷の起源を明らかにし、
それが悠久の存在ではなく、
比較的新しい歴史の中に位置付けることで、
この国の有史以来の敗北を総括することでなければならない。

結局、
歴史を論じることは専門の研究者に任せ、
私自身はYES/NOでそれらの真贋を見極めていくことが役目だと思われます。
あまり細部にこだわることなく、
大きな流れの中で立ち位置を確立しなければ
と考え直しております。

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