福岡セミナーと倭国への旅

「倭国に歓迎されている?」

日曜日の福岡セミナーは、参加者こそ10名弱でしたが、
以前伝授を受けた方々が皆遠隔だったので、
今回の「 アップグレード」他を含め、
「パワーインストール」から「スーパーストリーム」まで、
内容的にはかなりのボリュームとなってしまいました。
で、4時頃から九州王朝論の話をしたのですが、
その頃から雷の音が天井付近にごろごろごろごろしたことは既にお話ししました。

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セミナーを終えて1階に降り外に出てみると、
駅前のタクシー乗り場に長蛇の列が出来ており、
中にいてはわからなかったのですが かなり激しい雷雨があった模様。
それで、飯塚へレンタカーで向かうのがだいぶ遅れてしまい、
到着したのは夜7時頃。
途中、 稲妻と雷鳴が頻繁にあったことは既にお話ししました。
で、 翌日起きて外を眺めると、目の前に遠賀川が流れる、
一面を山に囲まれた鄙びた町の風景が目に入ってきました。
「どこかで見た風景だな」と思ったら、我が会津の町とそっくり。
飯塚盆地といい、田川盆地といい、古代においては集団稲作の適地だったわけです。
朝一番に訪ねたのが、原倭国に侵入した北馬系民族の聖地熊野神社。
ところがそれと向かい合う立岩神社が見つからない。
セミはグォングォンと鳴いているし日差しは強い、ブヨには刺されるということで、
ここは断念。

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次に、隣の田川市の美術館付近で香春岳を眺める算段でしたが、
昨日の雷雨以来こちらは雲が多くなかなか山が見えないし、 車はメチャ混み。
で、途中の高台でなんとか見えるところに止まり、
雲を切るパワーを入れてようやく写真撮影ができました。

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ここから飯塚方面へ引き返して、次は太宰府跡地を目指します。
この山越えが結構時間を食い、現地に着いたのが11時頃。
「筑紫都督府古址」というのは明治三年か四年に建てられたものと知り、
室伏氏の論理構成が若干イデオロギー的であることに気づきました。
ここで、95歳の元特攻隊志願者という方につかまり、
「今、古代史を勉強していて」と言うとすっかり意気投合されて、
30分ほど話し込んでしまいました。

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途中喫茶店で冷たいものを飲んで生き返り、
今度は糸島半島南端の邪馬台国を目指し昼過ぎに到着。
写真に見える小島が姫島と呼ばれるかぐや姫のいた島ですが、
当時の卑弥呼にしろその他の人々にしろ、
この海の向こうにある故郷の半島を想いながら日々暮らしていたのでしょう。

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で、下の写真が海岸から二丈町の保養センターへ向かう途中のものですが、
邪馬台国は、飯塚や田川と比べるとなだらかな山と綺麗な空が作り出す、
明るく穏やかな風景。
そして、 この写真にすでに球体が映り込んでいたようで、
赤い屋根の家から垂直に伸ばした線が山の稜線と交わる右側にあり、
拡大すると見えてきます。

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邪馬台国の次は、伊都国・斯馬国を経て委奴国を目指しますが、
途中伊都ゴルフ倶楽部とか志摩ショッピングセンターとか、
当時の名前が残っているのを見かけることができました。
さらに、委奴国の辺りまで来ると、交差点に「飯氏」というのがあり、
九州王朝論が見事に裏付けられているのを感じました。
飯=井=倭であることは前にもお話しました。

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最後に、 糸島半島の北側の付け根から海を望み、
そこから福岡空港を目指しましたが、
高速に乗った直後から球体がバカバカ追いかけてきたのです。
最初の一枚だけ下に載せておきますが、右上の方に明らかに球体が。
昨日の雷雨といい、今日の球体といい、
この地はやはり古い歴史を持つパワースポット
なのだと考えられます。

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