与野党揃って伊勢神宮?!

「左翼の弱さは歴史認識の欠如

いつも読んでいる植草一秀氏のブログなのですが、
今日は元号制度を批判する趣旨。

元号は、紀元前の中国、前漢の武帝の時代に、漢字と数字の組み合わせで年次を表したのが始まりとされている。
皇帝が領土や領民を支配する、支配の象徴だったという指摘もある。
日本では、西暦645年に当時の孝徳天皇が定めたが元号の始祖である。
「大化の改新」の名がよく知られている。
この「大化」から1400年弱の間に、247の元号が用いられてきた。
日本では天皇の交代に伴って改元が行われていただけでなく、自然災害などを理由に、一人の天皇のもとで複数の元号が使われたこともある。
この慣行が明治の改元の際に改められ、旧皇室典範により天皇一代に用いる元号を一つとする一世一元制が採用されることになった。

というのですが、実は元号の始まりは「大化」ではないことが、
九州王朝論の研究者によって明らかにされている。

植草氏の論を根本で批判するつもりはありませんが、
元号とか天皇制とかいうものについての理解が甘いことが、
現在の左翼の弱さの一因なのではないか。
それは例えば、
安倍や枝野また 国民民主の玉木なども揃って伊勢神宮に参拝するところに見られる。

伊勢神宮の祭神は言うまでもなく天皇家の始祖とされる天照大神であり、それは明治以降、「靖国神社とともに国家神道の中核的施設」(『岩波天皇・皇室辞典』)となった。天皇裕仁は先の大戦の始まりと終わりに伊勢神宮を参拝した。
歴代首相が伊勢神宮に参拝して年頭会見を行うこと自体、憲法の政教分離に反する。それが野党党首にも伝播している。そのことを問題視して指摘するメディア・「識者」は皆無である。
ここに“天皇制国家・日本”の実体が象徴的に表れている。

との指摘がー歴史的にはやや不正確ではあるもののー当たっていると思われます。

大体において、 「大化」や「大化の改新」に関しては、

大化の改新の条文における郡の表記が当時の評制(行政単位)と合わず、
701年の大宝律令からの盗用と戦後史学は論証している。
つまり、645年の乙巳の変で「蘇我氏殺し」はあっても、
大化の改新とする「日本書紀」の記述は疑問視されつつある。
それは他ならぬ記紀史観の崩壊を意味する。

と室伏志畔氏は述べています。
どうもこれ、自分は経済学が専門だからとか、
あるいは学者ではなく政治家だからとかいう 問題ではなさそう。
国民的な認識として悠久の大和朝廷などなかったのだ
という風に変わらなければ、
この国は根本的な出直しが無理なのではないかと思われます。

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