日本中世奴隷制論(2)

「白痴=奴隷化の伏線」

昨日の続きですが、
もう一つ安楽城氏が見逃したものがあり、
それは戦前すでに相当進展していた、
「日本ポルトガル交流史」であったとのことです。
磯貝氏によれば、

安楽城氏は、
戦前の日本・ポルトガル交渉史の研究成果として示されていた、秀吉の人身売買禁止がバテレン追放令と表裏一体の関係で出され、以後それが徹底され徳川政権にも継承されるという経過をたどった事実についての考慮を全くしていない。これは安楽城氏が発展段階論を基軸にすることにこだわり過ぎていたためであり、この時期の世界資本主義下の奴隷制展開を考えるべきである。すなわち、成立しつつある第1段階の資本主義システムの中で、日本がポルトガル商人によって奴隷供給源として位置づけられつつあったことへの統一権力の反応として秀吉の人身売買禁止令がだされた。そこから国内の奴隷制否定方向が展開していくと見るべきであり、イエズス会宣教師とのやり取りの中でキリスト教徒間での奴隷化が禁止されていることを知り、日本人間の奴隷化慣行に反省がなされたといえる。

ということなのです。

当時の時代的制約があったとはいえ、
あれほど天皇制・沖縄問題、日本地主制や被差別部落の問題、
に取り組んだ安楽城氏がこの点を見逃していたというのは、
世代の違いあるいはソ連の崩壊・ベルリンの壁の崩壊といった事件を、
目の当たりにしてきた私たちと根本的に違うのかと考えざるをえません。
その流れは 3.11にもうけつがれ、
私たちはここで戦後という時代が終了したことを、
はっきりと認識したわけです。

しかし、時代的な制約があったとはいえ、
安楽城氏の功績がなければ楽天的に明治維新を考えるばかりであったのであり、
近世史を正確に位置づけることもできなかったし、
織豊政権の功績・幕藩体制の評価もできなかったかも知れない。
そう考えると 20代で「太閤検地と石高制」を大きな契機と捉えたことは、
やはり革命的であったと考えられます。
そしてその上に磯貝氏の気候変動論がもたらされて、
正確な日本中世史および近世史が考察され、
明治維新と日本近代のいびつなあり方もはっきりとわかるわけです。
問題は、そうした正確な歴史を教えないこの国の学校教育であり、
そのために国民のほとんどが白痴=奴隷状態となっている現状
です。
奴隷たちは、朝鮮や中国よりは日本の方がましだなどと教えられて、
天皇を中心とする支配層の苛烈な支配を、
黙々とor唯々諾々と受け入れてきたわけです。

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