あれこれ考えると

「奴隷に慣れ過ぎた日本人」

昨日の新聞の一面は、
「統計不正対応不十分 83パーセント」というのですが、
阿部内閣の支持率は逆に 2.2ポイント上昇したとのこと。
「野党は、首相や厚生労働相の責任を徹底追及する姿勢を崩さないが、
参院選などへの追い風となるかは見通せていない」
ということで、TVではコネズミ八百長質疑。
あと、携帯料金値下げにかかわった審議会委員の各社8人が、
大手2社から 4000万円を超える寄付を受領していたとのこと。
これもどうにもならない内容ですが、
総務省は審理は公正に行われていると主張している。

こんなことでいいのかとだれもが思っているんでしょうが、
不正行為やわいろやそんたくがあまりにも多くて、
もう何が何だか分からなくなっているのがこの国の事態ではないか。
いつからこんなことになったのかというと、
私の記憶では社会党が消失し、
公明党が幅を利かせ始めたころからむちゃくちゃになってきた。
でもこれよく考えてみると、
戦後のすべてがまやかしではなかったのか。
私たちはもう年とってきたし、
福島第一の臨海などこの先なければ、
あとは自由にやりたいことをやっていくだけなのですが、
息子たちや若い世代はほんとうにどうなることやら。

で、面白い記事を見つけました。
1968年NYハーレムで書かれた、
リロイ・ジョーンズ(BP党)の言葉であるということですが、

奴隷は、奴隷の境遇に慣れ過ぎると、
驚いた事に自分の足を繋いでいる鎖の自慢を始める。
どちらの鎖が光っていて重そうで高価か、などと。
そして鎖に繋がれていない自由人を嘲笑さえする。
だが奴隷達を繋いでいるのは実は同じ鎖に過ぎない。
そして奴隷はどこまでも奴隷に過ぎない。過去の奴隷は、自由人たちが軍事力によって征服され、やむなく奴隷になったものだった。
彼らは、一部の特権奴隷を除けば、奴隷になっても決してその精神まで譲り渡すことはなかった。
その血族の誇りや、父祖の文明の偉大さを忘れず、隙あらば逃亡し、あるいは反乱を起こして、肥え太った主人を血祭りにあげた。
ところが現代の奴隷は、自ら進んで奴隷の衣服を着て、足や首に鎖を巻き付ける。
そして、何より驚くべきことに、現代の奴隷の多くは、自らが奴隷であることに気付いてすらいない。
それどころか彼らは、奴隷であることの中に自らの唯一の誇りを見い出しさえしている。

やはり、少なくとも、
中世まで、できれば古代史までさかのぼってこの国の嘘八百を証明

することが必要ではないでしょうか。

PROTOサイエンスから、あなたへ

株・先物・ギャンブルで実証された「予知能力」について知り、
治癒・好転に導く「驚異のパワー」を体感してみませんか

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA