古代史論4~5世紀をUP

「明仁もチンプンカンプン」

昨日、明仁天皇が自らの出自を知りながら、
むちゃくちゃに換骨奪胎された日本神話にそって、
三種の神器を伊勢神宮に持っていったという話しをしましたが、
実は、このあたりちょうど兼川普氏の本にそって勉強していたのですが、
昨日ようやく「百済の興亡と倭の五王」としてまとめました。
忙しくてできなかったということもありますが、
半島の歴史などまるきり知識がないので結構きつかった。

でも今は、結構な達成感があって、
大体整理されて頭にも入ってきている。
ここをクリアすれば、あとは「磐井の乱」を中心に、
蘇我氏と上宮王朝の件に入り、
645年の大化の改新が嘘っぱちであることを書けばいい。
また、そのあとは白村江の戦いを挟んで親中派と九州派の対立をえがき、
壬申の乱への布石を書けばいいので比較的楽。

ただ、兼川普氏の壬申の乱についての考察はかなり簡略で、
それはおそらく九州人としての氏の関心が、
近畿以東にはあまりなかったからなのではないかと思われる。
しかし、隋の煬帝を激怒させた遣隋使の国書が、
九州王朝と東北王朝との連携だとすればこの件かなり複雑になって来る。
壬申の乱においては蝦夷が相当戦力として活躍したらしく、
これを抜きにして天武の勝利はあり得なかった。
そして、天武の死後大津の皇子の変を中心に九州勢が粛清されていくわけですが、
天智の出自はともかく中臣鎌足とは何なのかを突き詰めていくと、
唐新羅連合軍、奈良朝、東北王朝のその後の歴史がよくわかるのではないか。
古田武彦と YES/NOの成果なのですが、
これはかなり大きな通説に対するアンチテーゼ
になると思われ、
当初の予定を大幅に遅らせてもやるしかないと考えております。
その後の日本の皇室など、
これと比べたらパースペクティブが何と小さいことか。

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