西日本大震災について

「最大の被害は京阪神で起こる」

今月のニュースレターで西日本大震災を取り上げ、
注意を喚起するために「西日本ハザードマップ」のプレゼント、
をすることにしました。
で、インターネットで過去の中央構造線の地震、
=1596年の慶長大地震の記事を集めようと思ったのですが、
これがいくらもない。
わずかに出てきたのがNPO法人防災情報機構のホームページで、
それによると以下のような記載が。

1596年(慶長元年)には、まず9月1日に、豊後地方でM7.0前後の地震が発生、別府湾の沿岸には大津波が襲来した。府内(現在の大分市)では、ほとんどの家屋が流失したという。この地震で、別府湾内にあった瓜生島が水没したという伝説があり、近年調査も行われたが、手がかりも見つからず、いまだに真偽のほどは不明である。
この地震から4日後の9月5日、今度は畿内で、M7.5前後の内陸直下地震が発生、京都三条から伏見にかけて大災害となった。秀吉の居城であった伏見城の天守閣が大破して、城内で上臈や中居下女など約500人が圧死、堺でも600人あまりの死者がでた。

それで何か文献はないかと思って捜したところ、
下の本が一冊出てきた。
しかし、慶長大地震についての記載は少なく、
大名や公家の記事が元になっているため、
伊予や豊後の被害についてはほとんど書かれていない。
ただ、以前YES/NOで見たとき、
揺れは最初の震源たる徳島県山間部の中央構造線上が最大と出たが、
被害そのものは京都が最も激しいということだった。
で、この本によると、
この地震は伏見だけに被害をもたらしたのではなく、
畿内淡路にも被害が及んだとのこと。
地名としては兵庫・和泉堺・大阪のほか、
丹波亀山・枚方・大和郡山・淡路などが出ており、
京阪神地域が広範に被害を受けたことがわかるわけです。
四国では現在の鳴門市がこの地震により隆起し、
これにより鳴門の塩田がこのあと成立したとのことで、
山城伏見地域と阿波撫養地域を結ぶ線上にある、
兵庫県や淡路島も相当の地震被害を受けたことが想定される。

あと、津波に関しての記録も少ないのですが、
YES/NOで瀬戸内・九州・大阪湾の三つを見たとき、
大阪湾が中程度の津波、九州が軽度、瀬戸内はNOと出ていた。

瀬戸内海沿岸の関係自治体や住民の多くは,大きな被害を出した1995 年1 月の兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)に代表される内陸性の地震に対して関心や興味を示すが,瀬戸内海沿岸に来襲した歴史地震津波に関しては関心も薄く,その実態は余り知られていない。

という防災&環境工学研究所山本尚明氏の言なのですが、
この論者は南海地震による津波を想定しており、
必ずしも正確ではないとしても元になったデータによれば、
以下のようになる。
これを見るとやはり大阪湾から淡路にかけてがやや高く、
それに次いで広島・香川・大分が軽度、
その他のエリアはさほどでもないという結果が得られる。
以上の結果を考慮すると、
京阪神は揺れと中程度の津波、広島・香川・大分は軽度の津波に注意
ということになり、
西日本大震災の最大の被害は京阪神で起こると考えねばならない。
あとは放射能ですが、
これはYES/NOで見ていくしかないと思われますので、
改めてご報告したいと思います。

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