ブロガー3人のリテラシー

「こんな程度でよくやるよ」

今週は「リテラシー」を題材に書いてきましたが、
最初は国民的なレベルで科学的・歴史的リテラシーが低いことを述べ、
次に地方の高齢者などはリテラシーというより洗脳が問題、
という話をしてきました。
ここまでは文筆を生業としている人ではなく、
一般人を取り上げてきたのですが今日は文筆業の人三名を取り上げてみます。
まず東海アマを見てみますと、
先日のパートタイムに退職金の支払いは必要ないという最高裁判決について、
「「馬鹿の晋三」を操ってきた背後霊、極右警察官僚の杉田和博・北村滋らが任命した裁判官が、日本に奴隷身分を復活させようとしている」、
と書かれているのですが、
安倍晋三がただの馬鹿ではなくかなりの確信犯、
であることについては以前お話ししたとおりです。
東海アマ氏も放射能に関しては非常に優れており、
各分野の膨大な知識をお持ちになっているのですが、
今回の新型コロナのインチキと PCR検査の非科学性、
というものについての認識がないため状況を読みまちがえているわけです。
日本人の奴隷身分など古代から中世奴隷制社会まで 1500 年以上続いたわけで、
さらに日本政府の背後には、
グローバル資本のエージェントたる竹中平蔵をはじめとした人間たちがおり、
今回の判決もグローバル資本の要請に基づいた必然的な結果、
という全体主義的な構図が見えていないということです。

次に植草一秀を見てみると、
今回の日本学術会議の問題について述べているのですが、
「教養のレベル・反知性主義のツボ」と題した記事の中で、

菅首相は任命拒否を撤回して日本学術会議が推薦した105名を会員として任命するべきだ。
その上で、日本学術会議のあり方を論じればよい。
このように論理的に考えることができるかどうかが「教養のレベル」、「知性主義」か「反知性主義」かの問題。
日本学術会議法は前文に
「日本学術会議は、科学が文化国家の基礎であるという確信に立つて、科学者の総意の下に、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命とし、ここに設立される。」
と明記している。
「平和的復興」、「人類社会の福祉」に貢献することを掲げている。
日本学術会議見直し論の根底は「戦後民主主義」の否定だ。
戦後民主主義の最大かつ最後の牙城が「日本国憲法」。
日本学術会議見直しを主張する者が日本国憲法の改定を主張する者であることを認識することが重要だ。

と言っているのですが、
論拠は相変わらず戦後民主主義と日本国憲法。
この二つは戦後の日本人に疑似的な幻想を抱かせたわけですが、
そのような幻想が成立しえたのはこの国が極東の端にあり、
東西冷戦の前線からかなり離れていたという特殊性の問題に帰着する。
韓国にしろフィリピンにしろあるいはタイやインドネシアにしろ、
東西冷戦の前線となっていた国では、
まやかしの野党やどうでもいいゲームのような国会論議などは絶対なかった。
植草もまやかしの野党 =国際金融資本の巧妙な一員として、
型コロナのインチキと PCR検査の非科学性については全く言及しない。
山本太郎も同じ穴のムジナ。

最後に小林よしのり氏を取り上げますが、
この人も新型コロナのインチキと PCR検査の非科学性について理解しておらず、
結果的に非常に折衷的な論理を展開していることは、
以下の文章を読めばすぐにわかること。

新コロは皮膚に9時間生存するらしいので、手洗いだけはやった方がいい。
そもそも普段からわしは帰宅したら、手洗い・うがい・洗顔するし、鼻の穴まで洗っている。
つまり普段通りにしていればインフル対策にも、新コロ対策にもなっているわけだし、微熱でもあれば外出しない。
みんながわしと同じにやれば新コロ対策になるが、それ以上の対策は無意味で却って危険と心得るべきだ。
わしは今日、新幹線で博多に向かう。
飛行機はマスク必着だからボイコットする。
マスクは人が多い場所では、変装用に使うことがあるが、「お願いベースの強制」に従うのはものすごく嫌だ。
全体主義に屈するのはわしの尊厳に傷がつく。

以上3人を取り上げて論じましたが、
コロナショックの前までは通用した人々も、
ポストコロナのマトリックス全体主義の前では全く歯が立たない。
ところがまだまだ彼らを支持する人々がいるということは、
日本国民の知的レベルは世界的に見てかなり低い
のではないかという事になります。

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