東北大総長の哲学

「公務員学者のダメさ加減」

昨日の新聞の読書欄のコラムで、
東北大総長で専攻が科学哲学と言う人間の書いたのが載っていました。
「はざまの哲学」という本を書いているのですが、
震災後の科学のあり方を提示するものということです。
「市民と科学者が意見をぶつけ合う「 場」を設け、その討議を踏まえて政府は政策決定を行う」
「市民の素朴な疑問は専門家の考えを変えうる。市民目線でのコントロールを一歩ずつ進めないといけない」
とのことですが、なんかこの人ちょっとずれてる感じがする。
例えて言えば、同じ仙台生まれのわけのわからん歌手のように。

大体、 「市民と科学者が意見をぶつけ合う「 場」を設け」ると言ったって、
近代市民社会における「市民」と現在の「日本国民」と同じ意味で語っていいのか。
また、「 その討議を踏まえて政府は政策決定を行う」などと言っても、
全く実態に沿っていない。
この先生、2011年以降に大学というもの、 科学者というものが、
嘘の塊であったことが露見したのに気づいていない。
ちょっとニュースを見ていれば、
「日本の貧困化が一目で分かる地図が話題に!年収500万円以上、20年で半分以下の地域に激減」
などという記事も出ているし、
今回の豪雨被害の被災地で今度は、
高温により乾燥した粉塵が舞い上がって呼吸器や目に障害が出ている原因を、
放射性汚泥によるものと疑うことも学者の責務ではないか。

仙台という田舎町で公務員としてやってきたため、
この人の目は完全に曇ってしまっている。
それは、大学の歴史学者が何百人集まっても、
九州王朝論の真実が発見できず、大和朝廷礼賛で止まってしまうのと同じ。
こういう人には、響堂雪乃の、
『独りファシズム』『略奪者のロジック』『SLAUGHTERHOUSE』という、
三部作を教えてやるほかない。
また、 秋嶋亮(旧名響堂雪乃)の新著
『北朝鮮のミサイルはなぜ日本に堕ちないのか』
も読ませるほかない。
本書の第40項目に「軍隊のサブシステムとしての学校」という記述があるそうで、
「日本の教育は文科省の役人が策定した「カリキュラム」であって本質的な学問ではない。もうはっきり「愚民化プログラム」と言っていいでしょう」
と指摘され、さらに、
「運営が極めて兵営的ですよね。現に「放射能汚染が疑われる給食なんてたべたくない」なんていう口答えを絶対に許さない。そうやって「犠牲の分かち合い」を強制している。つまり戦時の軍国教育がそのまま今に生きている」
ということなのです。
日本がダメになる公算が強くとも敵を知ってからやられる
方がいいのではという意見もむべなるかな。

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