安倍首相の真珠湾訪問

「歴史に泥を塗る男」

報道によると、
「安倍首相、真珠湾訪問へ=歴代初「未来に不戦の決意」―26日から、オバマ氏と慰霊」
とのこと。でも、新聞には、
「日本の歴代首相が真珠湾で戦争犠牲者を慰霊してこなかったのは、日米開戦の責任を一方的に認めることが『謝罪外交』と批判されるのを警戒したことことが一因とされる」
ともありました。

「真珠湾攻撃」がだまし討ちだったのかと言うと、
現在では否定する見解が主流のようですし、
「ハルノ―ト」自体が日米戦を誘発する内容であったことも、
現在の眼からは明らかだといえますが、
当時の状況で開戦の意思決定がどうなされたのか。
これは、敗戦責任と同様、
我が国にとって非常に重要な問題と言えるのではないでしょうか。
開戦への道筋は概要理解できるものの
日本近代史のなかでこれをどう位置づけるかは、
私にとって、今後の重い作業として残っている課題です。
img_2
戦後の左翼公式史観が問題なのは、
「左翼史観が事実と異なるという点だけではなく、こうした見方では敗戦のイメージが捉えきれず、吉本のいう”大衆の原像”が見えて来ないことこそが最大の問題点」
だという点と、
「左翼公式史観によって敗戦を見てしまうと、戦争責任は”天皇制”のみに帰着してしまい、一人一人の国民の責任を問い直す作業が放棄されてしまう」
ということです
亀井勝一郎の左翼公式史観に対する、
「無暴の戦いであったにせよ、それを支持した『国民』がいた筈である。昭和の三十年間を通じて、その国民の表情や感情がどんな風に変化したか。この大切な主題を、どうして無視してしまったのか」
との指摘のように、
保守の良質からの異議申し立てに答えることが出来なければ、
私たちは同じ轍を二度・三度と繰り返してしまうのではないでしょうか
51fjwgn8ttl

歴代首相がこの問題を避けてきたのは、
外交的利害関係だけではなく、
やはりこうした心情がベースにあったのではないかと思われます。
それをこの男、かなり雑で分かってない。
例えるなら独裁者は独裁者でも、
ナチスドイツのような綿密なものではなく、
チャップリンが描くのとそっくり。
img_0
内政・外交ともどん詰まりなのに、
自分の首だけ大事で、メンタリティなどない方が、
永田町劇場では人気が出る
のかもしれませんね。

PROTOサイエンスから、あなたへ

株・先物・ギャンブルで実証された「予知能力」について知り、
治癒・好転に導く「驚異のパワー」を体感してみませんか

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA