母の一言

「人よりいいご飯」

今週は、はからずも70代以上の高齢者の話題になりましたが、
ここで思い出されるのが、私の母のこと。
大正5年生まれで今生きていれば100才ですが、
30年ほど前に交わした会話のこと。

(出典:http://runomi.at.webry.info/201210/article_6.html)

当時私は、動物病院を開業して3・4年目、
最初は分からなかったこの業態の致命的欠陥に、毎日々々悩まされていました。
医療(市場規模40兆円)と比べればはるかに小さな規模で
そこで扱われるのは確かに生命なのですが、
本質的なのは飼い主の満足感。
「家族の一員だから」などいっても、
ペットに30万・50万・100万かけられる人はほとんどいないのです。
医療でいえば、盲腸炎ですら、
総医療費(本人負担1~3割+健康保険・税金)が30万ですし、
腎不全の透析などになると、1ヶ月間で数百万が一生続く。
でも、患者本人の負担が低額に抑えられているのであまり感じない。
で、本格的な治療をやろうとすると保険のない獣医の場合、
「いくらかかるのか」という飼い主の意向で、
大抵は打ち切りor安楽死となるわけです。
かてて加えて、医療法による設備・人員の規制などもなく、
電話一本でも開業出来る獣医(保健所上がり)も多く
「あそこは高い」と思う飼い主は、こちらを目指すわけです。
こうした構造を支えるのが、「ペットは口を利かない」ので、
本当は腹が痛いのに、
「これは頭が痛いのだ」という無茶が可能になる誤診・乱療の構造

(出典:http://www.pochihouse.net/contents/column/euthanasia)

人間の分野だったら、
例えば各種療法の場合、料金と「良くなるかどうか」で、
はやる所とそうでない所が選別されます。
また、床屋さんや美容室なども、
料金と「上手か下手か」で自ずと決まるわけです。
ですので、私は当時自分の仕事を、
「動くおもちゃの修理屋」と考えていました。
ペットは飼い主にとって、動くおもちゃであり、
そこでは当然、費用対効果の発想が働くわけで、
修理に金がかかるのなら、
新しく買いかえることが選択肢となることもあるわけです。

(出典:http://atsumare-yaokko.jp/events/news/2016/03/7030/)

で、「獣医という地獄から抜け出したい」と母に云ったところ、
「何言ってんの、人よりいいご飯がたべられるのに」
という答えが。
私は一瞬唖然としましたが
「あー、世代が違うんだなー」
と思うしかありませんでした。
このエピソード、
恐らくここに戦後の問題点が凝縮されている
と考えられるのではないかと思います。
当時はやったのに、
「わっかるかなー、わっかんねーだろうなー」
というのがありましたが、
まったくそういう状態。

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