日朝断絶

「戦犯は安倍・中山」

一昨日のミサイル発射に伴い、
日本のメディアは、この件一色で、北を非難。
しかし、
戦後の日朝関係とはいったいどんな状態だったのかを考えると、
冷戦構造のもとで分断された旧植民地の扱いにおいて、
日本はアメリカ従属の下で、南朝鮮との関係のみ 重視し、
北との関係は 異常なほどに断たれているといっても良い状態。
「日本と北朝鮮の間には国交がなく、政府レベルの二国間実務協定もほぼ皆無である。第二次世界大戦後すでに半世紀が経過し、世界中のほとんどすべての国と国交が開かれ、往来が自由になったもとでのこの異常な状態は、他方での日韓関係の緊密さの裏返しである」
と言われるほどです。

(出典:http://blog.livedoor.jp/kato_taka_special/archives/20725856.html)

けれども、紆余曲折はあれ、2002年には小泉電撃訪朝があり、
日朝平壌宣言が起草されるまでに至ったことは記憶に新しいと思われます。
要するに、日朝間の 懸案であった 、
「過去の罪に対する謝罪と補償」また「拉致問題に対する謝罪」
について、双方とも言及しないことを約したわけです。
しかしこの平壌宣言、
当時内閣官房副長官であった安倍の人気取りにより拉致問題が蒸し返されたため、
「2004年の第二回日朝首脳会談以後、拉致問題が進展しなくなったことや、2006年に北朝鮮政府がミサイル発射実験や核実験を強行したこと、日本政府がそれらを受けて経済制裁を強化してきたことなどにより、有名無実化した状態
となってしまった。
金正日はこの時、「小泉は男でない」と言ったそうです。

(出典:http://news.livedoor.com/article/image_detail/5735839/?img_id=2080945)

そう考えると、
他のアジア各国とは加害者の罪を金銭的に償う形で、
戦後の関係を構築した日本ですが、
いつまでも頭を下げねばならぬ状態に、
日本人のナショナリズムは業を煮やしていた
そこで、対北に関しては拉致問題を契機として
戦後初めての被害者意識が国民的に芽生え
たことが日朝関係を解決不能としてしまった。
そして、こうした事態に至ったのは、
金正日との約束を破った安倍と中山が戦犯だと私には思えます。

(出典:http://www.afpbb.com/articles/-/2302846)

PROTOサイエンスから、あなたへ

株・先物・ギャンブルで実証された「予知能力」について知り、
治癒・好転に導く「驚異のパワー」を体感してみませんか

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA