されどわれらが日々

「作家の老醜」

新聞で久方ぶりに柴田翔の「されどわれらが日々」、
が取り上げられていました。
この本、70年代に読んだのですが、
闘争が終わって挫折した自分たちにぴったりだったことで、
ベストセラーとなったのでしょう。
題名がそのままキャッチコピーとして成功したのか、
私は長男の名前にこの翔という字を取り入れたほどでした。

ところが今回新聞に載ったこの作家の顔、
これがちょっとひどかった。
老化とむくみとハゲと白髪の無精髭は、
見ていてちょっと無残だったし、
時間だけが無情に過ぎたことを感じさせたのです。

実はこの作家についてのその後は全く知らなかったのですが、
東大の教授をやりながら定年を迎え、
その後も何冊かの小説を書いていたらしい。
ここら辺に純粋な作家との違いがあり、
徹底した自己の探求がなかったことが無残な老醜
の原因ではなかったのか。
安定した地位から眺めると、
70年安保の学生たちは「ゲバ棒を持つことを楽しんでいる」
といった見方になるのではないかと感じました。

(https://sites.google.com/site/nagato0326/home/gewalt_style)

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