喜多方・古四王神社

「倭国に関連?」

今日からすぐ隣の家の屋根瓦の葺き替え工事が始まり、
やや暑いのに窓を開けるにも行かず、
急遽会津行きの予定を1日早めて出てきました。
まず向かったのは、喜多方市の古四王神社。
きてみて分かったのですが、
地元の人はほとんど行かないようで、
荒れた山道をフーフー言いながら山頂に着きました

ちょうど地元のおばさんでしょうか、
四人組のグループが先行していたのですが、山頂に着いたのは私たちが先で、
お賽銭をあげてご祈祷。
特に変わりはないなということで下山したのですが、
登る時は気がつかなかった一の鳥居の礎石を見ると、
八角形の珍しい台座が。
これは、室伏氏の本によれば倭国の形であり、
天武稜なども八角形をしているとのこと。

超久しぶりに喜多方ラーメンを食べながら考えたのですが、
この地方、元々「耶麻郡」というのです。
前々から山が多いからかなとか考えていたのですが、
ひょっとしたらこれ、ヤマトー邪馬台-倭から来ているのかもしれない。
この神社が奈良朝以前のものだとして、
ここから約15 km ほど離れたところに「山都」という町がある。
これも昔からあんなところになんで都がと思っていたのですが、
熊本県の阿蘇山麓にも山都町があり、おまけに「坂下(バンゲ)」も近くに。
会津という地名の由来は 従来、
「崇神天皇の時代、諸国平定の任務を終えた大彦命とその子建沼河別命がこの地で合流したことにあるとされている」
とされてきたわけですが、
九州王朝説を知った今、こんなのは大和朝廷後の改ざんであることは明らか。
で、そもそも喜多方はもともと「北方」であり、これは福岡にある。
じゃあ、「若松」はどうなのと訊かれれば、
北九州にあるじゃないかということになる。
倭国と我が故郷の関係も拗れそうだな
と感じた次第です。
奥羽列藩同盟には、別玉も立っていたというし、
いろいろ勉強せねば・・・。

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