済州島4・3事件

「彼らは身体を張った」

昨日の新聞に、
在日の詩人である金時鐘という人のことが載っていて、
1948年4月3日に済州島で起きた4・3事件のことを知りました。
李承晩政権による自国民の虐殺に関しては少しは知っていたものの、
この済州島4・3事件については全く知らずにおりましたので、
その時に韓国から逃げてきた島民の多くが、
大阪の鶴橋に住み着いてコリアンタウンを形成したことも初めて知った次第。

(http://mens-monologue.blogspot.com/2017/09/blog-post_4.html)

朝鮮半島の分断に反対する島民が蜂起したこの事件では、
米軍政下の政府軍・警察による大弾圧で数万人の島民が殺された。
南朝鮮労働党(南労党)の末端党員として蜂起に関わった金さんも、
1949年に日本に逃げ延びたとのこと。
南労党が関わった4・3事件に対しては、
韓国だけでなく北朝鮮も沈黙した。
金さんが所属した南労党は50年に北朝鮮の朝鮮労働党に合流するが、
幹部らは金日成(キムイルソン)のグループに粛清されたとされる。
で、事件が語られないことへの抵抗から
「意地で、詩ににじませたんです」と詩人は言うのです。
55年ごろからは、
北朝鮮指導下の在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)からも激しく批判され、
「よう気が狂わんできたような十年が続きました」
とのこと。

(https://www.asahi.com/articles/ASL3J0D2XL3HUTIL05X.html)

在日については以前も書いたのですが、
私たちはあまりにも多くのことについて知らなさすぎる。
東西冷戦の前線が朝鮮半島や中国大陸だった関係で、
日本人は平和と民主主義などを唱えながら、
市民主義的なor過激なデモなどをして民主的な体裁を装うだけだったたわけです。
それと比べると、この詩人を始め、
当時の多くの半島人が過酷な体験をしたわけで、
それらに対して日本政府はもちろん知らんぷり。
右翼などというのももちろん過酷な体験はしていないわけです。
その証拠に、
右翼など“北の脅威”に対して身体を張った行動
など誰一人していないではないか。
拉致・拉致と叫びながら北にまで渡った者が誰かいるのか。
私たちはこの事件知らなかったのですが、
知っていた世代は、石原慎太郎、曽野綾子、佐藤愛子、瀬戸内寂聴等々・・・。

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