「小林侍従日記」報道

「天皇が責任を感じてるって!?」

数日前から新聞に、
「侍従日記 「戦争責任言われつらい」晩年の昭和天皇吐露」
という記事が載り、
「昭和天皇が戦争責任を最後まで感じていた」
と解説され、
さらにその姿勢を現天皇が受け継ぎ、
全国各地へ慰霊の旅に出かけているのをよしとするような内容でした。
しかし、彼らは本当にそんなことを感じているのかと言うと、
どうも眉唾のような気がします。

いわゆる 昭和50年10月31日「天皇記者会見」の発言とは、
「昭和天皇は沖縄を戦争中は《捨て石:踏み台》にして敗戦までもっていってしまった。その後についていえば,本土各地へのB29による市民無差別殺戮空襲,広島・長崎への原爆投下もあった。昭和天皇と皇后は,米国訪問を終えた昭和50〔1975〕年10月31日の午後4時から約30分,初めての公式記者会見をおこなった」
とされるものであり、
「◆ 記者  天皇陛下はホワイトハウスで「私が深く悲しみとするあの不幸な戦争」というご発言がありましたが,このことは戦争に対しての責任を感じておられるという意味に解してよろしゅうございますか。また,陛下はいわゆる戦争責任についてどのようにお考えになっておられますか,おうかがいいたします。
◇ 天皇  「そういう言葉のアヤについては,私はそういう文学方面はあまり研究もしていないのでよくわかりませんから,そういう問題についてはお答え出来かねます」。
◆ 記者  陛下は --中略-- 都合三度広島にお越しになり,広島市民に親しくお見舞いの言葉をかけておられましたが,原子爆弾投下の事実を陛下はどうお受け止めになりましたでしょうか。おうかがいしたいと思います。
◇ 天皇  「この原子爆弾が投下されたことに対しては遺憾に思っていますが,こういう戦争中であることですから,どうも,広島市民に対しては気の毒であるが,やむおえないことと私は思っています」。
ということで、各方面に論議をかもしたわけです。
こうした論議の中で、
「春秋」昭和五十一年二、三月号で、伊藤成彦は、
「 あの『人間宣言』は<現人神>という戦前のフィクションを<人間天皇>という戦後状況に合わせたもう一つのフィクションに切り替えたものであって」「国民の側は、天皇=人間をあまりにあたりまえの現実と錯覚して、そのもう一つのフィクションの意味を問うこともなく、今日にいたったのではないか」
と言っております。
それはまた、「戦艦武蔵の最期」で渡辺清が怒りをぶつけたところでもあり、
「『神』から『人間』になったと思ったら、こんどは『象徴』になるという。(中略)『人間』が人間の象徴になるというのはおかしい。(中略)それによって天皇を『国民統合』の象徴に仕立てるとなると話が別だ。これは明らかに欺瞞だ。スリカエだ。」
という点につながっていきます。

一連のキャンペーンは、
昭和天皇が「戦争責任」で「苦悩」したかのようにいい、
半藤一利、保阪正康なども、
「昭和天皇の心の中には、最後まで戦争責任があった」、
「人間的な感情が湧いてくる…天皇が人間になっていく」、
などと美化し、
現天皇が各地を慰霊のために訪問することを持ちあげている。
これはきわめて悪質な政治的意図をもった記事であり、
天皇の戦争責任を隠ぺい・封印したまま代替わりさせる
ということなのでしょう。
マスコミのフェイク極まれりと考えざるを得ません。

PROTOサイエンスから、あなたへ

株・先物・ギャンブルで実証された「予知能力」について知り、
治癒・好転に導く「驚異のパワー」を体感してみませんか

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA