北方四島問題

「外交の論理がない」

韓国の徴用工問題やレーザー照射の問題で、
日本側が強硬な態度をとっていますが、
それもいつまで続くことやら、安倍と河野じゃカリスマ性がない。
それを如実に表しているのが今回の北方四島についての、
日本側とロシア側との見解の相違。

 

安倍晋三総理が4日の年頭記者会見で「北方領土には多数のロシア人が住んでいる。日本に帰属が変わることについて納得していただくことも必要だ」などと述べたことを受け、ロシア外務省は日本政府の態度を批判しています。1月9日、モルグロフ外務次官は、上月豊久駐ロシア大使を呼び出して注意を喚起した

という件に続いて、

第二次世界大戦中の米ソ間の取り決めや対日講和(サンフランシスコ講和条約)をめぐる国際法的解釈や、歴史認識についても、日本政府は不利な立場に立たされています。日本は北方領土を「固有の領土」として返還を求めており、大戦の結果、ロシア領になったとする「ロシアの主張は受け入れられない」(外務省幹部)として、「4島返還」の建前をとってきました。

と言っているのだが本当でしょうか。
孫崎享氏によるとこの問題は、
日本政府の主張に無理筋があるとされています。

しかし、そうした日本側の解釈のほうに無理があることが、元外務省国際情報局長の孫崎享氏によって、明確に指摘されています。孫崎氏は『戦後史の正体 1945-2012』(創元社、2012年)(https://amzn.to/2PGk9Ke)で、「北方領土」とは後付けの概念であり、実際は「北海道の一部である歯舞島、色丹島」と「千島列島の南端である国後島、択捉島」に分かれていることを述べ、次のように指摘しています。
「ルーズベルト大統領はテヘラン会談(1943年11月)でソ連の対日参戦を求め、ヤルタ会談(1945年2月)で『千島列島はソヴィエト連邦に引き渡されること』という内容を含むヤルタ協定を結びました」
この米ソ間の取り決めは、米大統領がトルーマンに代わった後も引き継がれています。続けて孫崎氏は、1951年9月8日のサンフランシスコ講和条約で「日本国は千島列島に対するすべての権利、請求権を放棄する」とされている事実と、その意味について説明を加えています。
孫崎氏は、サンフランシスコ講和条約に調印する直前の吉田茂総理が、「択捉、国後両島」を「千島南部」と認めたことを指摘します。つまり、その前提で日本政府は、講和条約に調印して「千島列島に対するすべての権利、請求権を放棄」したことがわかります。これが歴史的、国際法的な事実となっているのです。

尖閣の問題もそうですが、
日本の保守勢力や右翼は、
戦後の事実関係をきちんと踏まえていない。
大体、北方四島だって尖閣や竹島だって、
当時のダレス国務長官の発言等を見れば、
冷戦構造の中でアメリカは、
日中・日ソ・日韓間にトラブルのもとを故意に撒き散らした
のではないでしょうか。
そうした事実関係を捨象して戦後を考えることはできないはずだし、
鬼塚英明氏のいう戦中・戦後の天皇・皇族の行動を考えれば、
私たちの頭の中をもう一度整理してみる必要があるのですが、
国営放送のトップニュースが、
連日相撲ネタで占められているようでは、国民はますます白痴化・・・。

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