「平成精神史」だと?

「ネトウヨが蔓延」

新聞の書評欄に、
片山杜秀「平成精神史」というのが取り上げられていました。
平成を回顧するとこの間に起きた国内国外の大きな事件が色々ああるが、
そうして振り返ってみても隔靴掻痒の感を免れない。
その理由はこの30年が元号と言う「天皇の時間」に規定されている、
ことに無自覚だからだろうとされています。
著者の意図がよくわからないのですが、
「人々と共にその苦しみも喜びも分かち合おうとする身をかがめる平成の天皇像は、
こうしたニヒルな刹那主義への処方箋になり得るのか、
あまり楽観はできないだろう」
というのを読み、本の帯をみると、
「日本国憲法第一章天皇」の規定などかなぐり捨てた、
ネトウヨ本であることがよくわかる。

何とも言えないお粗末な本なのですが、
個人的に振り返ると昭和天皇の大喪の礼の時、
ちょうど病院の工事をやっていたのですが、
なんだか知らないけど業者もその日こなかったし、
私は元々大喪の礼など反対だし特別意識もしていなかったので、
普段通りに病院を開けていたのですが、
その日はやはり1日客は来なかったと記憶しております。
しかしながら、
この30年の間に冷戦構造の崩壊があったことは特筆すべきことだし、
バブルの崩壊・オウム真理教事件があったのだし、
湾岸戦争・9.11・その後のアフガニスタン侵攻など、
軍産複合体による様々な捏造がなされた。
そして今、ヒラリーに代表される軍産複合体も、
ようやくそれらのデマゴギーを暴露されている。
そして個人的には、この間に病院を閉鎖して超能力の分野に取り組み、
この国の歴史を対象化して来たのが平成の後半でした。

問題は元号でもって云々カンカンするという所で、
やはりそれは中国古代の皇帝に由来する権威の象徴だと位置づけられる。
で、なぜこの片山杜秀という著者が元号にこだわるのかよくわからない。
Wiki によると1963年生まれでまだ55歳、
職業は 政治学者、音楽評論家ということですが、
学者でもなければ完全な民間人でもないよう。
おそらくOK 大学に腰掛けながら、
本を書いたりマスコミに出演したりして生活している模様。
その中途半端なスタンスが忖度につながり、
根源的なものとの出会いを邪魔している。
音楽で言うなら、
この時代はSPEED・宇多田・ 桑田などに 始まるわけですが、
音源的にも詩的にもリズム的にもそこから後退する一方ではなかったのか。
それを評論していればこの男もなんとかなったのかもしれない。
いずれにしろ元号廃止・天皇制廃止が求められる
と思います。
だって、日本最初の元号は、「大化」ではなく「継体」なんだし、
それは倭の五王朝の滅亡と関係する、「記紀」が隠ぺいした事件なんだし、
85年(=昭和60年)の日航ジャンボ機123便事件などは、
今に通じる重要な問題なのではないか。
平成の精神史などとイカレタことを言ってるのは相当のアホでは?

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