新聞もにぎやか

「閉鎖空間の列島」

16日の新聞は、
全国戦没者追悼式に関連して、
「深い反省継承 天皇陛下初参列てお言葉 非戦の祈り令和へ」
「惨禍の記憶同橋渡し 戦後世代陛下も模索」
「有識者多面的な視点を 安倍首相式辞加害言及なしが定着」
などの見出しが踊り、
何かにぎやかなお祭りのような感じ。
その一方で日韓貿易摩擦に関して、
「分大統領 輸出規制で対話を 徴用工は言及せず」
「政府輸出規制で原則維持 韓国の対応見極め」
「元徴用工ら謝罪要求 集会で安倍政権球団」
「和解への道なお険しく 首相未来志向に苦心」
などと、これまたにぎやかに第3者的な見出しが。
さらに、同じ紙面ながら習近平の訪日を控え、
「中国、尖閣への出漁回避」
「全閣僚靖国参拝見送り 習氏来日へ刺激回避」
など、中国寄りの見出しが並んでいる。

結局、韓国とは仲良くせず、
貿易相手国として中国は重視せざるをえず、
北朝鮮さえ米国が弾道ミサイル発射を容認しているので、
何だか今度は友好国のような感じになっている。
主体性の全くない日本政府の方針が丸見えになっている。
で、こうした状況に対し、植草一秀氏は、
「平成時代に天皇が示した日韓関係への所見」と題して、

日本と朝鮮半島諸国は歴史的にも民族的にも極めて深い関係を有している。
天皇家の家系について平成時代に天皇が
「私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると、続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています。」
と述べたことを銘記する必要がある。
大多数の主権者は日韓の友好関係確立を希求している。
この主権者の意思に沿う外交を実現することが安倍内閣に課せられた責務である。

と述べていますが、
何せ今の国民は多くが嫌韓に洗脳され、
テレビなどでも韓国の経済規模は日本よりはるかに小さい、
とか言って日本すごいという風潮をあおり立てている。

こうした状況ですから、
この国が根本的に再生する可能性はどんどんせばめられてゆく。
大体、前天皇に期待することなど何もないことは、
以下の記事を見てもらえばわかる。

 明仁上皇は皇太子時代の1981年夏の会見で、「どうしても記憶しなければならない日」として、「6・23(沖縄戦終結)」「8・6(広島被爆)」「8・9(長崎被爆)」とともに「8・15」を挙げました。
この日は明仁個人にとっても強い衝撃で、以後今日に至るまで彼の人生観、天皇観を決定づける日となりました。それを示すものが2つあります。
1つは、この日(1945年8月15日)、当時11歳だった皇太子明仁が書いた「日記」です。「新日本の建設」という題がつけられた日記にはこう記されていました。
「日本人が大正から昭和の初めにかけて国の為よりも私事を思つて自分勝手をしたために(大正デモクラシーのことか-引用者)今度のやうな国家総力戦に勝つことが出来なかつたのです。…どんなに苦しくなつてもこのどん底からはい上がらなければなりません。それには日本人が国体護持の精神を堅く守つて一致して働かなければなりません」(木下道雄『側近日誌』文芸春秋1990年。ハーバート・ビックス『昭和天皇・下』講談社学術文庫2005年より)
「国の為」でなく「自分勝手(民主主義)」をしたから負けた、「国体」=天皇制護持の精神を堅く守ってはい上がる―皇太子明仁は「8・15」にそう決意したのです。

ですからここはやはり立花孝志の出番で、
究極的な既得権益である天皇制まで射程に入れてぶっ壊す
ことが必要なのではないでしょうか。
鎖国状態から国民が目覚めるには、
なかなか大変だと思わずには居られません。

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