荒天の即位礼

「令和は多難」

昨日は休みなのかウイークデーなのか分からないなか、
新聞にも特に休日とか何とかの記述はなく、
ただ、東京証券取引所は機能しておらず日経225も動いていないので、
午前中は休みモードで過ごしました。
NHKなどはさっそくアーカイブから古い映像を一杯だしてきて、
現天皇と皇后、前天皇とその妃の提灯記事を目いっぱい放送。

朝方の天候は荒れていた。我が家の金木犀の香りは消えて、風雨に叩かれて、黄金の花が落下していた。
雷も鳴っていた。空は暗雲が垂れ込めていた。この国の前途を暗示しているかのような、天の暗示を印象付けていた。
見たことも聞いたこともない小国の要人が、どっと東京に押し寄せた日本の政治力?資金力に、感動する日本会議の様子も目に浮かんだが、庶民大衆がそれに動じることはなかった。

という本澤二郎氏の記述がぴったり。

御用新聞によると、

儀式は午前9時過ぎに始まり、陛下は神事服の「帛御袍(はくのごほう)」姿で回廊に姿を見せられた。皇位の証しである剣と璽(じ)(曲玉(まがたま))を持つ侍従を従えた陛下は、皇祖・天照大神(あまてらすおおみかみ)を祭る賢所の内陣に入って拝礼し、「御告文(おつげぶみ)」を大和言葉で読み上げられた。続いて、皇室の祖先を祭る皇霊殿(こうれいでん)、八百万(やおよろず)の神を祭る神殿を順に巡り、同様に報告された。
その後、皇后さまも白い伝統的な装束「五衣(いつつぎぬ)」「唐衣(からごろも)」「裳(も)」姿で賢所に入り、続いて皇霊殿、神殿を拝礼された。

ということだが、
明治政府の皇国史観などすでにバレバレなのですから、
歴史に反する祭政一致の行事など大金をかけてやるべきではない。

わが国の稲作の源流が九州の遠賀川上流にあり、
これと八雲王朝が長江流域からやってきた民であるから、
神魂命(神皇産霊命カミムスビ)が元々の神であり、
高魂命 (高皇産霊命タカミムスビ)が次の世代。
「記紀」は、イザナギ・イザナミを上記造化神の次に置き、
さらに下に三貴子(須佐之男・天照・月読=いずれもタカミムスビ配下)、
を唐突に挿入し、その次に神武が来る 。
しかし、イザナギ・イザナミの出自は磤馭慮(オノゴロ)島とされるが、
これは博多湾岸の能古島のことでずっとのちの世のこと。
「梁書」「晋書」をはじめとする多くの漢籍にも、
「倭は呉の太白の後」と記されていることが、
これらの事実を裏付けるわけですが、
官製歴史学は一切これに触れず、
大和における万世一系の天皇制の歴史を日々唱えている惨状なのです。
令和が支配階級の意図と反対に、
凶事にまみれるであろうことは、
10.22の風雨とそれにつづく 21号の暴風
が4都県を襲うことに象徴される。
トラックの炎上と黒煙はその手始めの出来事だったかも。
御用放送の記者は、午後雨が上がって虹が出たので、
「清めの雨」などと言っていましたが、
上空の放射能をめいっぱい含む汚染雨がその実態。

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