ファシズムに対抗するには

「ラディカルな批判をすべき」

昨日新コロファシズムということで、
各地で惨憺たる光景が展開されていることをお話しました。
こうした世相は辺見庸に言わせれば、
「確実に不健康な方へ誘導されているのに、
それが病気にならない唯一の方策だ」と洗脳されている点、
かつてのファシズムのスローガンとそっくりということ。
確か古事記の倭建命中の歌であったか、
「命の 全(また)けむ人は 畳薦(たたみこも)
平群(へぐり)の山の 熊白橿(くまかし)が葉を 髻華(うず)に挿せ その子」
というのがありましたが、
一首の意味は、

通釈】俺の命はもう長くないだろう。故郷の土を踏むこともあるまい。だが、無事生き長らえ大和に辿り着いた者は、平群の山の大きい樫の葉を、髪に挿して飾れ。いいかお前たち。忘れるなよ。

ということで、私は特攻隊の記事とともに記憶している。

わが国特有の精神構造が現在の新型コロナ騒動に、
深く関係していることは間違いないようですが、
やはりそれは天皇制の抑圧的な構造が背後にある。
自粛とか自警団とか強圧的な支配ではなく、
自ら進んで社会に同調しようとする動きがそれです。
だから、根本的にはそこから覆していかねばならないのだが、
経済の分野ではあれほど鋭い考察をする黒川敦彦氏までもが、
昨日などは天皇と稲作をこの国の象徴とする記事を配信しているので、
ここはそれらと無縁な若い世代に期待するしかないのではないか。
一定の年代以上の人々は、
仕事や家族やを通じて支配構造に完全に取り込まれており、
それらからある程度自由であることはなかなかできず、
存在が意識を決定するというマルクスの論理からいえば、
やはりどうしても自由な発想をするというのは望めない。
科学的な真実からはるかに遠くなってしまった現在の状況を、
根底から翻すには真実を言い続けるしかないし、
それが来たるべきワクチンの強制接種に反対する論拠となるし、
テクノクラシー =優生思想を批判する根拠となる。

そして若者たちはすでに冷静に事態の本質を把握し、
マスコミの圧倒的な包囲の中で、
様々なゲリラ戦術を始めようとしている。
すでに50年前から戦争というものの主流は、
大艦巨砲主義でもなければ、
核ミサイルでも中小型の弾道弾でもなく、
ゲリラ戦が主流となっていることはよく考えれば分かること。
米国が超大国だとしても、
世界の隅々で敗退しつつあるのも以上のような流れで考えれば、
一目瞭然だと思われるし、
中国共産党も 3年から5年で崩壊するとすれば、
新たな秩序はやはりゲリラ的に散発的に発生してくる
のではないでしょうか。
資本の論理から離れない限り、
次の時代は展望できないと私は思います。

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