オンラインセミナー開催

「スピリチャル=低能な人々」

23日の祝日はオンラインセミナーでしたが、
出席者が 3人で当方含めて画面が4分割でやりました。
でもその中の一人は画像は固定音声はミュートで、
こちらの様子を見たり聞いたりしているだけという状態。
で、残り二人の方々といろいろお話ししたのですが、
一つの話題が十二月の西日本大震災ということで、
これを予知した経緯などについて詳しくお話ししました。
このうち一人が三重県の男性でしたが、
揺れの主体が京阪神ということで考えると、
結構影響があるのではないかと思われる地域。
ただ、以前の経験からこのかた結構スピリチュアルな人で、
今回も「これを止めることはできないか」とおっしゃるので、
「私にはそのような能力はない。
またさまざまな兆候から今回の件が天意に基づくようなので、
だれも止めることはできないのではないか」、
と申しあげました。

これに関連して伊方の事故による放射能の話しも出たのですが、
このかたのお住まいのあたりは伊方の事故のあと、
環境放射線量が 2倍になったとしても、
ガンマ線で0.12µ㏜/hぐらいなので、
現在の福島県郡山地域と同程度で、
今すぐ死んだり病気になったりということはないのではないか。
ただ長期的には寿命が縮んだり、
循環器系をはじめ様々な病気が増えることは必定、
そして何よりも若年者を中心として DNAの損傷が起きることが問題。
そうした意味では西日本というのは、
今後人間が住むのに適した土地ではなくなると申しあげました。
でも放射能は目に見えるわけでもなく臭いがするわけでもないので、
日本政府による隠蔽が大々的に行われて、
福島第一の時と同じように何年か経つと忘れられていくのではないか。
だって名古屋から大阪にかけてあるいは神戸まで入れると、
現在でも私の故郷 = 福島県会津地方と同じかより高いのに、
人々は何事もなかったように暮らしており、
誰も本当のことは言わないので皆能天気なのです。
私としては今からこの状況を変えることは無理なので、
今回は高みの見物とさせてもらう旨お話ししました。

そのほかにもいろいろあったのですが、
今回の出席者の方々みな古いお客なのですが、
その分最近のセミナーにはおいでいただいていない関係で、
情報的には 10年以上遅れている感じがしました。
例えば日本古代史についてお話ししていると、
「日ユ同祖論」などが平気で出てくるわけで、
これらは私共が 2015年に理論的に超克したことであり、
以下のように既にホームページに掲載してある。

実は「彦島のペトログラフ」は既に1924(大正13)年に見つかっていたのですがそのまま放置され、本格的な研究が1952(昭和27)年に行われるもその時点では解読不能、1982(昭和57)年に地元の郷土史家がこれを平家の財宝のありかを記すものと発表して以来、ようやく一般の関心を引くようになったという経緯がありました。下関周辺にはこれ以外にも古代文字の遺跡・遺物が多く、上記の吉田信啓氏をはじめ方々で同様の線刻模様が発見されるに至ったのです。
「漢字でない、漢字以前の文字が、下関市彦島に存在したのである。-(中略)-なにしろ、紀元前1800年ごろ、シナイ半島で作られたシナイ・アルファベットが漢字より以前に、あるいは漢字と併行して下関にある・・・という話なのだから。」
この事実をどう考えたらよいか、川崎氏は上記の「七支樹二神文様」を手がかりに、得意の歴史言語学的アプローチによってこの難問に挑んでいくのです。
「どうして、日本の地に七支樹二神文様と、シナイ文字のヂャサラがあるのか-(中略)-私は、その問いに対する答え方の一つとして、『七支樹二神思想』『牡牛神ハルと蛇女神キの祭儀』の東遷があると考えている。」
氏によれば、こうした文様は何も下関周辺だけでなく、北海道から九州までまんべんなく存在しており、氏と全国の愛好者によって発見されたものも含めれば1988(昭和63)年時点でも50余を数えるまでになっているとのことです。また、そのうち5か所は縄文後期のものとされています。また、これらに記されているのは何も七支樹二神だけではなく、中国殷代の文字・インドのモヘンジョダロ文字からバビロンの楔形文字まで混在し、縄文後期から古墳時代にかけての日本各地と半島はかなりのレベルで多様な民族・文化が流れ込んでいたというのです。さらに、七支樹二神と同時に、亀と蛇の玄武神(九であらわされた男女二神)が併記されているものも結構あるようです。七支樹二神は月神系でその淵源はイラクのウルク(現ワルカ)に遡り、九の玄武神は日神系でエジプトに端を発するということです。
「原郷のウルク市から発した七支樹二神思想、すなわち仏教以前の原始宗教、キリスト教以前の原始宗教、イスラム教以前の原始宗教の一つだった七支樹二神思想が、中国の殷代末期~周代初期に、日本列島の各地へ、殷人の移動と共に渡来した」
「それらの画像・文字は、紀元前3000年紀のウルク市から発して紀元前2000年紀の中国へ入り、さらに中国化された文字および記号が日本へ、紀元前1200年前後に入った」
「七支樹の三枝の側に坐る牡牛神ハルと四枝の側に坐る蛇女神キを奉斎する七支樹二神思想は、中国の夏、殷代において中国思想の骨髄となり、甲骨文字、金文、篆文、漢字を造る際の原理、造字原理となり、さらに伝播した日本の古代においても、先着のエジプト系玄武二神思想と相まって日本神道の根幹を成した。」
ペトログラフに関する川崎氏の論証により、少なくとも日本の超古代史論は完膚なきまでに敗れたことがこれでお分かりいただけたと思います。

で、これらの話しを終えてもなおこの男性が、
「すべては逆に日本から始まったという論もあるのだが」、
とおっしゃるのでそれは考え方としてまったく無理。
ホモサピエンスがアフリカに起源して、
そこからヨーロッパやアジアに順次拡散していったとすれば、
わが国の文明もすべて大陸半島から来たのだと考えられるわけです。
なぜこの男性のような考え方が出てくるかといえば、
「戦には負けたが日本には彼らにはない長い歴史がある」、
という永続敗戦論議の範疇に人は入り込みやすいといえます。
おそらく古代の白村江の戦いの完膚なきまでの敗北のあと、
「日ユ同祖論」や様々な「超古代史論」、
また「神代文字」だの何だのが「発掘」されたのですが、
私たちはこのすべてを偽物と断定せざるを得なかった。
日米戦に敗れたあとも同様な偽書が数多く輩出し、
その中の一つに「日月神示」というのがあることは以前述べました。
まぁ、これで正気に戻ってくれればよいのですが、
半分麻酔されたような半分酔っぱらったような、
現在の日本人の精神状況から言うと何とも言えない部分がある。
まともな思考能力があれば新型コロナ騒ぎなど起きないのでは
と思われるからです。
あと、TVと新聞を止めないとダメ。

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