現場力の崩壊

「宗主国も属国も終わり」

一昨日、成田空港のウイルスの検疫が、
今月11日からストップしているという記事を見ました。
何でも、

この検疫所は日本の窓口である成田空港の新型コロナウイルス検査を担当していましたが、今月11日に検査室で試薬の入ったガラスの管を職員が落として破損させ、室内が汚染されたことで検査業務が全て停止。
3月18日時点でも復旧の見通しは立っておらず、他の検疫所が臨時で対応を行っています。
NHKの記事には試験薬が付着した作業員2人から陽性反応が出たと書いてありましたが、この2人はウイルスに感染したわけではないとして、17日には退院となりました。
情報が発表されるまでに1週間ほど掛かっており、国民からは「情報公開が遅すぎる」「成田空港で止まるのはヤバイのでは?」「もっと早く発表するべき」などと懸念や不満の声が相次いでいます。

ということで、税関がいい加減なのはわかっていましたが、
この非常事態に検疫が機能しないというのは安全保障上の大問題。

イヤー、ついこないだネット上で、
新型コロナの感染を防ぐために会社を休みにしたところ、
社員の若い男性が家に閉じこもっているのが嫌で、
エステティックサロンに行ったり、
外食三昧の生活だったりというのを見ましたが、
現在のこの国の現場というものはかなり荒れているのではないか。
学級崩壊の状態を経て会社に入ってきても、
こまめな連携プレーとか時間管理とかが不可能になってきていると思われる。
かつて、アップルのスティーブ・ジョブズが、
オバマだったか誰だったかに「工場を米国に戻してくれないか」、
と頼まれたときに、
「米国ではきめ細かな生産などできる人間たちがいない。
中国ではそれが可能なんだ、だから中国に立地せざるをえない」
と言ったということがあったわけですが、
その記事では間もなく日本もそうなると結んでいました。
それらのことを考えあわせると、
この国のたそがれもすでに訪れていると考えた方がよいのではないか。

国や社会というものが成り立つには、
一人ひとりの国民が最低限度のマナーや責任、
といったものを自覚して行動する必要があるわけですが、
そうした基本的なことが身についていないので、
職種を問わず社会的な立場のいかんを問わず、
有機的なつながりが断たれたモザイク的な集団となってしまう。
高度経済成長の中で自ら考えることを放棄した高齢者に続き、
団塊の世代も国家や社会の理念について考える、
などといった姿勢も放棄してしまったわけで、
そうするとおのずとその下の世代も劣化していくことは必定。
で、最小単位の家族もバラバラになり、
何か事を起こそうにもどうにもならないような集団になってしまった。
中国や朝鮮半島またロシアなどには、
まだまだ伝統的な社会の無形の規範というものがあり、
それがこれらの国々が今後強みを発揮していく原動力となっていくのであり、
わが国は偽りの天皇制の精神構造のみを強化した結果、
ある意味米国にも劣る消費だけの社会になりつつあるのではないか。
実は、こんな話しをするのも先週ある若者からの電話相談があり、
将来のことを仕事も人生も含めて一度立ち止まって、
それから根本的に考えた方が良いと言ったことがあるからです。
私たちはラッキーな時代に生きることができたが
3.11の放射能とCOVID-19以降の世界は、
非常に生きにくい世界となりつつあるようです。

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