12月8日の光と陰

昭和16年(1941年)12月8日の朝7時前のラジオは、真珠湾攻撃による日米開戦の大本営発表を告げる臨時ニュースに始まりましたが、この反響について保坂は次のように述べています。
「日中戦争が始まってから4年と5ヶ月、日本はこの戦争にまったく身動きできない状態になっていた。軍事的には中国国民政府軍を圧倒することはあっても、政治的にはどのような有効な対策も打てない状態であった。そのような日々のゆううつさをふり払う響きがこの発表文にはこもっていると受けとめられたのだ。-(中略)-新聞記事のなかには、『大本営発表』を耳にした記者自身の『ああこの一瞬、正に敵性国家群の心臓部にドカンと叩きつけた切札である』という感想も書かれていたが、これがもっとも日本国民の心情を代弁していたというべきだろう。新聞の見出しは、大体が、『断乎駆逐の一途のみ/隠忍度あり一億の憤激将に頂点/驀進一路・聖業完遂へ』といった具合で、将来がどうなるかより、とにかく日本が一等国アメリカの領土の一角を攻撃したという一事がなによりも歓迎され、国内挙げて有頂天になったのである。」
戦争の帰趨を既に知ってしまっている現在の私たちの眼からすると、やや異常で精神病理学的な傾向が感じられますが、当時の文学者たちのメッセージを読んでみると、その感覚がより明瞭になってくるのではないかと思われます。
先ず、伊藤整は「十二月八日の記録」で、物量を誇る米国を相手にしたらこのままで済む筈がないと重っ苦しく自分にのしかかっていた考えが臨時ニュースを聞くことで、「ああこれでいい、これで大丈夫、もう決まったのだ」と弾むような身の軽さを覚えたと書いています。また「アメリカ太平洋艦隊は全滅せり」を書いた三好達治も、「ああその恫喝、ああその示威、ああその経済封鎖、ああそのABCD線、笑うべし脂肪過多デモクラシー大統領が-(以下略)」という熱狂ぶりです。さらに高村光太郎の「十二月八日」には、「記憶せよ十二月八日、この日世界の歴史あらたまる。アングロサクソンの主権、この日東亜の陸と海とに否定さる。-(中略)-われらの否定は義による-(中略)-大敵非をさとるに至るまでわれらは戦ふ」とあります。
このナショナリズムというだけでは不十分な高揚感・飛翔感が一体どこからやってきたのかを考えることが本書のテーマでもあるのですが、これらが今なお日本人の心情にある種の炎をかき立てることが、それに対する手掛りとなるのではないかと私には思われます。
太宰治の「十二月八日」についての感想は、
「しめ切った雨戸のすきまから、まっくらな私の部屋に、光のさし込むやうに強くあざやかに聞こえた。二度、朗々と繰り返した。それを、じっと聞いてゐるうちに、わたしの人間は変わってしまった。強い光線を受けて、からだが透明になるやうな感じ。」
と保坂は引用しています。そして
「太宰はこの件りを『日本も、けさから、ちがふ日本になったのだ』と書いてしめくくっている。確かに日本はこの日この発表がきっかけになり、『ちがふ日本』になったのである」
と述べています。ところが同じ太宰がその4年後に、
「日本は無条件降伏をした。私はただ、恥ずかしかった。ものも言えないくらいに恥ずかしかった。」(苦悩の年鑑)
と記した時、彼は何を恥じたのか、この問題もまた私たちは解明せねばならないのではないでしょうか。
ところで12月8日午後3時発表の勅語には開戦の理由が示され、「事態ヲ平和ノ裡ニ解決セシメムトシタルモ」米英が誠意を示さず、逆に、「経済上軍事上ノ脅威ヲ増強シ以テ帝国ヲ屈服セシメント図ルニ至レリ」と述べられています。1930年代半ばはヴェルサイユ体制を巡り英米仏・日独伊とソ連の三陣営が対立を深めていく時代であり、資源・エネルギーに乏しい日本は”南進”を国策とする過程でABCD包囲網に阻まれ、この結果米英との開戦に至ったのでした。1940年1月の日米通商航海条約廃棄によるアメリカの対日輸出制限により苦境に陥った日本は、同年9月援蒋ルート遮断のために行った北部仏印進駐と日独伊三国同盟締結により、さらなる対日完全禁輸により石油が底を尽く結果を来してしまいます。同時に行われていた蘭領東印度との交渉も英米蘭の政策で座礁に乗り上げ、1941年7月には事態打開のため南部仏印進駐へと進んでいくのです。結果的に英蘭から資産凍結と禁輸を受けた後の日本は、9月の御前会議で「戦争の準備をしつつも交渉を続ける」形を取るのですが、現在の私たちの眼からすればあまりにも絶望的な状況における無謀な判断と映るのではないでしょうか。
当時の駐日米大使J・グルーは、「もし日本が南方における主導権を軍隊によって追求するならば、直ぐにABCD諸国と戦争になり疑問の余地なく敗北し三等国になるであろう。」と述べていたのです。

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