欲望の代償

 60年安保を境とした高度経済成長は、既に述べたように1970年(昭和45年)にはほぼ完成し、田中角栄の「日本列島改造論」が出版されるのが1972年(昭和47年)、都市化の波はあっという間に日本全国を覆っていくこととなります。この間に私たちが得た"豊かさ"はかつてない程のものでしたが、現在の視点で見ると喪ったものもまた多かったように思われます。磯田によれば、
「戦前の秩序を否認し、個人の自由を謳歌した戦後という時代は、公的統合のうちから個人を解き放ちはしたが、その果てにあらわれたのは、自主性を欠いた個人の無際限に近い甘えの時代だった」
と規定されます。

 例えば住居一つを取っても、かつての農村的な一軒屋あるいはボロ長屋から公団住宅・高層団地へと変わっていくのですが、頑丈な鉄製の「ドア-それもシリンダー鍵付き-」で「外」から完全に遮断された「内」という構造は、それ自体人間の意識を変える力を持ったとされます。つまり「内」ではあらゆるタブーが解禁されるため「性」も大胆になり、民法の改正によって「家」から解放され、姦通罪からもはるか遠ざかった女たちが変容していくのは当然の成り行きと思われます。また、家事労働が家電製品の大巾な普及によって軽減された時、母性がある程度崩壊していくのは予想された帰結だったのではないでしょうか。また「客間」を欠いたコンクリート住宅では、「公的な他者」に接することができないため個人が社会に対して開かれず、「内部が甘えの空間であればあるほど、そこで育った子供は外部の風圧に耐えられなく」なっていくわけです。

 さらに所得水準の向上と交通機関の発達により、国内はもとより海外すらいつでも訪れることが可能となった時、私たちは新鮮な驚きの感覚も失ったようです。地方と都会という区分はもとより、国内・海外といった障壁が取り払われたのも経済成長の結果であり、それによって「文化の壁が取り払われたかのように考えるのは」、錯覚を通りこして倒錯といってもよいでしょう。まして経済大国という意識がもう何も海外から学ぶものがないかのような過信を生んでいるとすれば、「これはきわめて危険な兆候」をはらんでいると思われます。私たちは緩かな鎖国状況に入っているのではないか、と申し上げられます。

 週休2日制が浸透し個人消費がGDPの50%を超えた頃から、また90%以上の国民が中流だと思い始めた頃から、私たちは戦後ではない別な時代に入ったのではないかと私は考えています。吉本隆明によればそれは"切実さ"を失った時代であり、制度的な抑圧があった頃はそれらからの解放を求めて対立軸がハッキリしていたわけですが、
「九割がじぶんは中流だと思っている社会(日本)では-(中略)-九割の民衆が抑圧からの解放と自由を逆に強制されているということが、制度の型になってしまっている」
という問題が出て来たことになります。

 よく言われるように、戦後の革新勢力・左翼知識人が自由といった時、そこには「反体制的」自由しか盛り込まれていなかったのではないかと考えられます。「自由」という概念には「体制」を選択する自由も当然含まれなければならず、また「反米」につく自由だけでなく「アメリカナイズ」を許容する自由もあったはずです。人が生きるのに物質が必要であり、物質には-理念にはみられない-量的比較が可能である以上、豊かさとアメリカナイズを私たちは選択して来たといってもよいのではないでしょうか。60年・70年安保が退潮していった時、日本人のナショナルアイデンティティはその矛先を政治から経済に変え、日米戦は日米経済戦争に向かったとも考えられるのです。

 なお、吉本が提起した課題を解決するには、伝統的左翼・右翼の唱える理念では無理であり、それは両者の体質が「公的情熱」や「使命感」・「ストイシズム」といった古典的正義感に支えられているからなのです。
「明治生れの世代の持つ重厚な人格と、それに伴う硬派の文化が徐々にサブカルチャーの力で追いあげられていったとき、かつて『革新的』であった人びとは、次第に感性的には『保守』の立場に立たされているようにみうけられる。」
状況が、その間の事情をよく物語っていると思われます。

【参考文献】
「近代日本総合年表」第一版(岩波書店)
武者小路・姜・川勝・榊原「新しい『日本のかたち』」(藤原書店)
オープンコンテントの百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
保坂正康「昭和史七つの謎」(講談社文庫)
歴史ぱびりよん 概説・太平洋戦争 終戦工作その1 マスコミが隠してきた日本の真実を暴露するまとめサイト GHQの占領政策と影響
吉本隆明「現在はどこにあるか」(新潮社)
関東学院大学 自然人間社会
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