学校と医療に共通する問題 2012年8月

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 皆さんお元気ですか、朝比奈です。

 滋賀県大津市で起きた中学生のいじめによる自殺のニュースが大きく取り上げられています。詳細は皆様も新聞等でご覧になっていると思いますので省略しますが、担任や学校側の事なかれ主義や教育委員会の無責任さを糾弾する声が大勢を占めているようです。さらに、ここぞとばかりに出てくる評論家たちの言い分は、事件を一人一人の『規範意識』の欠如に結論付けるものが多いようです。

 もちろんこれらの底流には戦後日本の歪んだ教育制度があるのですが、それが改善されるまでには恐らく100年や200年はかかってしまうでしょう。当事者である両親の対応は当然過ぎるといえばいえるのでしょうが、私はその程度で子供は守れないぞという気がしてなりません。居住地ごとに学区が決まり、内容は一方的に上から押し付けられ、教師たちはほとんど責任を取ろうとしない現行の官僚的で独善的なシステムでは、親や子供には選択の自由はほとんどないといってもよいのではないでしょうか。そうした点で教育は医療とよく似ており、国民皆保険の我国では医師も患者も健康保険制度の枠内での診療以外は事実上無理なのです。医療に関してはようやく代替療法やセカンドオピニオンが広まってきたわけですが、教育現場はあまりにも遅れているといえるでしょう。全国平均で7.1件とされるいじめの認知件数が、学校選択肢の多い大都市では低く、地方で高いことがそれを裏付けているように思われます。

 民間のサービス業は懸命に努力しなければ生き残っていけないという時代に、教育と医療といった分野だけは『サービス』などしなくてもお客(児童・生徒や患者)は後から後からやってくるのです。日教組だからどうの人権派だからどうのといった議論ではなく、システムといった視点で考えるとまた別の問題が見えてくるのではないかと私には思えるのです。とにかく、子供や自分の命は自分で守らねばどうにもならない時代のようです。医療機関を替えるように、学校も場合によっては替える必要があるのではないでしょうか。

 では、来月またお目にかかりましょう。