故郷の知的頽廃 2018年8月

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 皆さんお元気ですか、朝比奈です。

 先日、故郷会津からの連絡で、市の戊辰150周年記念事業の一環として、「オペラ白虎」というのが上演されるのを知りました。何でも、白虎隊の生き残りたる飯沼貞吉を主人公に、会津戦争を描くと共に福島第一の事故も重ね合わせて、「最悪の状況下にも故郷の未来を信じ、最善を尽くそうと努めた白虎隊の精神に」沿って、「フクシマ健在を全国に向け発信する」というのですが、主宰者の意図がイマイチ分からない。

 そこで、市役所の解説を見てみると、「会津は『義』を貫き、 戊辰戦争は『信義』と『誠』を尽くした戦いであった。しかし、賊軍の汚名を着せられたため白虎隊の自刃を始め数々の悲劇を生んだ。戊辰戦争後も長らく苦難の道を辿ったが、先人たちのたゆまぬ努力により現在の会津若松が形成された」という意味不明の内容で、さらに「松平容保の血筋の節子が皇室(秩父宮)に嫁ぐことで、ようやく会津の復権と希望の光が見えた」などとあるので、戦前の皇国史観から全く進歩していない。もし会津の復権というのなら、長州による孝明天皇及び明治幼帝の暗殺になぜ触れないのか。長州はその後、自分たちの傀儡として偽の明治天皇を擁立し、この南朝の玉によって西郷が折れ、薩長同盟が成立したというのが現在の常識。その立場から言えば、薩長こそ逆賊ではないかと言えますが、その前にそもそも官軍だの賊軍だの、悠久の大和朝廷を前提とした話など、今や九州王朝論によって完璧に粉砕されている。

 実は、こうした事情は会津の敵たる薩摩においても同様で、上記の田舎芝居と同じ連中の台本に基づき、NHKエンタープライズに地元から金が集まる仕組みになっている。しかし、西郷(菊池源吾)は南朝革命を夢見て軍事を引き受けたが、終わってみると裏切られて追い詰められ、そこに会津の残党などがさし向けられて死んたというのが本当の所。日本国民はすべからく歴史の真実を見極める必要があり、この国に欠けているのは理論的バックボーンであることに気づくべきです。それがないから、いつまでも放射能をごまかし続け、デタラメな講談史観(「坂の上の雲」)に拠って明治維新を語ったりしているのではないでしょうか。

 では、来月またお目にかかりましょう。