隷属と平和

 先程の軍事ジャーナリスト鍛治氏が、戦後も一定の年代までの人々は"情報の保全″にかなり気を使ったが、今はそんなことに注意する人間はいなくなってしまった、
「電車の中でも飲み屋でも大きな声で会社の話をしている人によく出会う-(中略)-どんなに重要な情報も簡単にメールで送ってしまう-(中略)-まったく情報保全の意識がない。」という時、その言葉の裏側には平和ボケしてしまった日本人を苦々しく思う気持ちがあるのではないかと思われます。事実、戦中派の人間はどうやってそれを学んだのかという質問に対して、爆弾やタマの飛び交う戦場での直接体験からだろう、酒席ではべる女やその部屋のカメラさえも気にしない政治家・外交官・民間人が多過ぎると氏は答えているのです。

 確かに私たちは戦後与えられた平和を、ただ波風の立たないことがよいことだとし、手続的に正しければそれが民主々義であり、その実体や中身についてまでは問題にしてこなかったのではないかと思われます。情報や技術が劣化し日本の優位がゆらいできた背景には、こうした私たちの意識の問題があり、同時に「武器輸出三原則」にみられるように国家としての明確な方針がないことも影響しています。榊原は、
「情報も技術も、ITを含めて相当の部分は軍事技術から出てきている。そこのところはどうするんだという話も、やはりきちんとしておかないと-(中略)-日本は明らかに平和国家であることによって、国がインポテンツになってしまっている。」
と言っていますが、では何故アメリカが強いのかというと軍事力しかり、ドルしかり、しかし最大の強みは人材や大学・研究所の問題だといっています。洋学を受容するだけではなく今後は日本独自の学問体系を創るべきだという川勝平太の指摘に賛同しながら、
「いま日本でやっているのは洋学ではなく米学」
だと言うのも、私や鍛治氏同様の問題意識があるのだと思われます。

 ではこうした問題の淵源はどこに由来するのか、「マッカーサーの変身」の節では詳しく論ずることのできなかった「綿密なプログラムとミッション」がその答えであり、安部芳裕氏によれば、「占領統治は、日本がアメリカの脅威とならないような無力な国にする」ことが目的だったとされます。ここで主役を演ずるのは以前ふれた参謀第二部のようなハードな組織ではなく、民間情報教育局CIEというソフトだけれどもより徹底した部局なのです。

 まず「プレスコード」による検閲が占領の全期間を通して行なわれ、あらゆる言論すべてが対象とされました。それも国民に検閲が行われていることを認識させないよう秘匿する徹底した方法、-スミ塗・余白・伏字などは不可-が取られ、連合国批判・東京裁判批判につながる一切の言論が封じこまれたのです。他方で「新聞の言論と自由に関する新措置」によって、「国家に対する忠誠義務から解放された日本の言論機関は、連合国の宣伝機関となっていった」のでした。

 検閲と併行してCIEはより積極的な宣伝として、「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)」の実施に取りかかりますが、その目的は、「日本人に戦争の罪悪感を植えつけ、民族の誇りと自尊心を奪い、再びアメリカおよび連合国の脅威とならないよう、無力化・弱体化させること」でした。

 まず、新聞各社に紙を特配することで、1945年12月8日から「太平洋戦争史」の連載が始まりましたが、その記事は日本軍の残虐さと日本の軍国主義者の非道さを強調する内容でした。江藤淳は「閉された言語空間」の中で、「歴史記述をよそおってはいるが、これは宣伝文書以外のなにものでもない」と指摘しています。さらに同年12月9日からNHKラジオで開始された「真相はかうだ」は、反軍国主義の文筆家が太郎という少年に話を聞かせる、音響効果を生かしたドキュメンタリー番組でした。しかし放送開始後に寄せられた拒否反応が非常に強かったため、「真相箱」・「質問箱」と名前を変え、断定的口調から聴取者の質問に答える形をとって1948年1月まで続けられたというのです。櫻井よしこは、「真相箱の設問が極めて意図的であり、設問の裏に隠された意図は容易に見えてくる」としています。これらの番組は東京裁判と同時期に放送されていましたが、「日本側の戦時指導者が逮捕され、日本が犯罪国家として裁かれることが倫理的に正当であることを日本国民に納得させようとする巧妙な心理操作」であったとされています。

 同年12月15日、「神道指令」により「大東亜戦争」という呼称が禁止され、「太平洋戦争」史観が強制されていきます。また12月31日に「修身・国史・地理」の中止指令が出されますが、翌年4月から連載終了後に単行本となった「太平洋戦争史」が教材として使われるようになり、戦後の日本人に重大な影響を及ぼすことになっていくのです。

 安岡正篤は「運命を創る」の中で、日本を全く骨抜きにする政策を、日本人はむしろ喜んでこれに応じたばかりでなく、これに迎合するあるいはこれに乗じるような野心家も出て来たのだと指摘しています。

【参考文献】
「近代日本総合年表」第一版(岩波書店)
武者小路・姜・川勝・榊原「新しい『日本のかたち』」(藤原書店)
オープンコンテントの百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
保坂正康「昭和史七つの謎」(講談社文庫)
歴史ぱびりよん 概説・太平洋戦争 終戦工作その1 マスコミが隠してきた日本の真実を暴露するまとめサイト GHQの占領政策と影響
吉本隆明「現在はどこにあるか」(新潮社)
関東学院大学 自然人間社会
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