古代史に新発見

「倭国の完敗は近江朝の裏切り」

以前、白村江の戦い後、
唐による我が国の占領があったといいましたが,
私達がこれまで古代史の教科書としてきた、
小林惠子氏の「興亡古代史」 にはそうした記載がない。
この3月末までは理論的なことをいろいろやろうと思い、
その一つがすでに完了した超古代史論ではなく、
奈良朝の成立に至る古代史の見直しでしたので、
今週YES/NOでいろいろみてみました。

まず、小林氏言うところの、
「聖徳は西突厥の達頭可汗であるのか否か」
については、小林氏が正しいとのこと。
次に、 上記の室伏志畔氏が主張するように、
「白村江の戦いにおいては、近江朝(中大兄)が唐に通じて倭国=九州王朝を裏切ったため、九州王朝(大海人)が完敗したのか否か」
に関しては、
室伏氏の言い分がイエスとのこと。
ということは、
小林氏の手法は、
国内と大陸・半島の文献とを突き合わせて真実をあぶり出すものですが、
それが6世紀までは半島の高句麗・新羅・百済が存在したため有効だったのが、
7世紀になると大唐の拡張政策により半島の三国は全て滅びてしまうため、
記紀の記述に拠らざるを得なくなり、
この記紀が大幅に改竄された場合誤りが導き出されてしまうと考えられます。
私たちの関心は、超古代史と奈良朝以降に限られますので、
7世紀と言う時代がどんなものかを考える上で、
ここのところはとても重要な時代になるわけです。

(http://mitsusima.jugem.jp/?eid=1327)

室伏氏を始めとした九州王朝論者の説をよく研究しなければなりませんが、
氏の言い分の最たるものは、
九州王朝=倭国と近江朝=渡来人王朝の戦いで、
最終的には渡来人たちが勝ち、
渡来人による正史が記紀であった。
すなわち、
8世紀以降現在に続く皇統は全て渡来人に始まる
のであり、
記紀は倭国王朝のすべてを、
万世一系が損なわれぬよう、近江朝内での出来事と書き換えたようです。

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